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小人堂の気まぐれな覚え書 (画像はクリックすると大きくなります)
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2007年2月21日(水) 
07:00     博多駅発
08:45~09:45 福岡~大阪(関空)
11:50~16:10 大阪~アムステルダム(スキポール空港)
21:00~23:00 アムステルダム~ヴェネツィア(マルコポーロ空港)
24:10~25:30 空港~ホテル

移動で終わった一日である。
福岡からヴェネツィアまで、何と移動総時間28時間以上・・・。
ヨーロッパは遠いのである。



旅行が確定したのは、何と出発の1週間前。
我が家の旅行は、ギリギリにならないと決定しないのだが、それにしてもギリギリである。
なのに私がまずやったことは、ローマのボルジアスポット調べである。
しかも、自力で調べることができなくて、イタリア語の先生を巻き込んで、
ローマまで電話してもらう始末である。
平行して欲望ノートを作成したり、塩野七生の『海の都の物語』を読んだりで、
荷造りそっちのけで楽しんでいたわけだ。

旅慣れてもいないのに、荷造りはギリギリ。
これがどういうことになるかといえば、
余計な物をたくさん詰め込んで、肝心なものを持っていき忘れる、
という至極当然の結果になるのだが、それには目をつぶって後回し。
8月31日になって初めて夏休みの宿題にとりかかる、子供の頃の姿勢は
何一つ変わっちゃいないということを再確認したのだった。

飛行機の時間が早いのと、運よく前日から家人の休みがとれたので、
急遽、出発前日に空港近くのホテルに前泊することになった。
前泊が決まったのは、出発の前々日で、この時点での荷造り完成度は3割弱。
先が思いやられる。
徹夜で荷造りして、なんとか予定通り出発できた。
しかし、徹夜で適当にパッキングした荷物は、この時点で少し重めであった。

出発前日は福岡市内のホテルに宿泊したのだが、既に旅行気分の我が家である。
映画を見たり、うまいものを食べたり、買い物したりしてしまった。
そう、買い物したのだ。
自分の洋服を買いに行く休みをなかなかとれない家人は、ここぞとばかりに
コート、シャツ、靴を買っていた。
買い物自体はとても満足だ。だけど、旅行前に荷物を増やしてどうする?!

ホテルに戻ってパッキングして、出来上がった荷物を持って、あら、びっくり!
荷物が凄く重いのだ。重量オーバーではないかしらと、不安を抱えたまま就寝。

翌朝、6時に起床し、7時にビジネスホテルをチェックアウト、予定よりはやく空港に到着し
搭乗手続きをする。
その際、カウンターで量ったところ、懸案の荷物はスーツケース2個で43キロもあった。
国内線では問題ないとのこと。ホッ。すべてが順調で怖いくらい。
ところが、国際線のエコノミーではそうは問屋が卸さない。
「お荷物は一人20キロまでです。
 お二人で3キロオーバーですね。
 今回は無料でお預かりしますけど、帰りは気をつけてください。
 ヨーロッパは厳しいんですよ
 超過分は1キロにつき30ユーロ必要になります。
 覚えていてくださいね」
と、カウンターの姉ちゃんに怒られる始末である。トホホ。
帰りの荷物をどうするか、暗い気持ちで日本を後にしたのだった。

離陸して、1時間もたたないうちに、お待ちかねの昼食タイムである。
機内って他にすることがないから、食事の時間が楽しみなのだ。
私のところにも、オランダ人の姉ちゃんが食事を持ってやってきた。
「どちらにしますか?」と英語で聞かれる。
肉にするかそれとも魚にするのかを聞かれているのだと思い、
「魚をください」とお願いする。
姉ちゃん怪訝な顔で「魚は用意してないの」と、答える。
更に「ミート オア チキン」と続けるではないか。
何じゃそら?気分である。
察するに「ビーフ オア チキン」じゃないのか?
間違ってる、姉ちゃん間違ってるよ。
その前に、肉しかないってどういうことなのさ。
結局、選ぶ余地はなく、チキンをもらった。
ビーフを選択した家人にチキンも押し付け、問題解決。

そういえば、CMで似たようなものがあったな。
「チキン プリーズ」と若者が言ったのに対し、ゴツイCAが「フィッシュ オンリー」と
答えるアレである。
まさか、自分も似たような目にあおうとは。
私の目の前にいたCAの姉ちゃんも同じくらいゴツかった・・・。

気を取り直して、2回目の食事タイム。
今度は1種類のみが配られる。
何だろうと思って開けたそれは、キノコの玉子丼であった。
アウト!きのこも、玉子もアレルギーだ。食えねえよ。
このことが余程ショックだったのだろうか、私は飛行機に乗っている間中
「おなかがすいたらどうする?」と、家人に訴えていたらしい。
もちろん、無意識で。

ふと、時計を見たら、朝飲んだ酔い止めが切れる時間であった。
三半規管が弱いのか乗り物酔いが酷いので、追加で薬を飲むことにした。
そのためには水がいる。ってことで、水を探した。
トイレの前に無造作に水のペットボトルが置かれていた。
飲んでいいものかどうか不明。
その場に通りかかった日本人のCAに尋ねてみた。
「薬を飲みたいのでお水をいただきたいのですが」
日本人のCA、人の話を最後まで聞かずに「そこに水があるでしょう」と、にべもない。
それが分からなかったから聞いているんだよ!!
というか、そこの水飲んでいいかを聞くつもりだったんだよ、こっちは。
人の話は最後まで聞いてくれよ。

この日本人の姉ちゃんはこの他にも腹に据えかねる対応をしててくれた。
あんまりな態度に頭にきてしまった。
それで、水が飲みたいのに、トイレの前に置かれていたのすらなくなっていたとき、
このCAを無視して、すぐ近くにいたオランダ人のCAにお願いしたのだった。
日本人のCA、マズイと思ったのか「私が・・・」と言いかけたのだが
「あなたには頼みたくないのでいいです」と言ってしまったのだった。
大人気ない。
更に、心配したオランダ人のCAに「何かあったのか?」と聞かれ、
それまでの不満を英語で言ったのであった。
怒れば英語も出てくる自分にちょっとビックリ。

多少の問題はあったものの、飛行機は40分遅れでオランダのスキポール空港に到着した。
元々、乗り継ぎには5時間あるのだ。
40分くらい遅れても、全く問題はない。
むしろ問題なのは、私が空腹であるということだ。
さっさとパスポートチェックを受けて、食事をとることにした。

スキポール空港は大きな空港で、店も充実していてなかなか楽しい。
が、想像以上にユーロが高くて驚く。500mlの水のペットボトルが1.8ユーロって何?
いつの間にこんな怖いことになったのだ。ユーロ恐るべし。
ユーロの高さにたじろいでいる間に、4時間が過ぎる。
小さな飛行機に乗り換えて、深夜11時すぎ、ようやくマルコポーロ空港に到着した。

預けた荷物を待っていたら、突然もよおした尿意。
機内で飲んだ2本のハイネケンの仕業かしら。
が、トイレが見当たらない。
仕方がないので、イタリア人と思われる空港職員のおじさんにトイレの場所を聞くことにした。
私を東洋人と認識したのか、すかさず逃げるおっちゃん。
だが、逃がすわけにはいかんのだ。おっちゃん逃がしたら、私がもらす。ピンチなのだよ。
で、無理やりつかまえて「すみません、トイレどこですか?」と聞く。
イタリア語が通じることにホッとしたのか、おっちゃん、丁寧に場所を教えてくれる。
無事に用を足し、事なきを得た。
安心したところで、自分のイタリア語が何とか通じた喜びをかみしめる。

たかがトイレに行けたくらいで安心してはいけない。
何しろ、ホテルまでは自力でたどり着かないといけないのだ。
でかい荷物をもったまま、無駄足を踏むわけにはいかない。
インフォメーションはとっくにしまっている時間だった。
仕方がないので、またしても空港職員と思われるおっちゃんを捕まえる。
ホテルの場所を記した地図を取り出し、行き方を尋ねる。
空港から5分ほど歩いたところから発着している船に乗るのが一番早いと教えてもらう。
乗り場まで荷物をのせたカートを使えることも確認し、満面の笑みでおっちゃんと別れる。
凄いよ、イタリア語通じているよ。やるじゃん、私。自画自賛である。

実はこの船のことは事前に調べていた。
できれば乗りたいと思っていた。
だって、この船のルートが魅惑的なのだ。
リド島を通って、本土に向かうルートなのだ。
すなわち、海の上からサンマルコを眺めて上陸することになるのだ。
自宅のパソコンで調べたときには、船を使うので最短だと思っていなかったのだが、
これが最短だというではないか。
事前に調べた時刻表によると、1時間後の最終便しか残っていない。
それが今も正しい時刻表なのか不安だけど、おっちゃんは大丈夫だと言ったのだ。
船に乗るしかない。

で、船着場まで歩いていくことになったのだが、道が暗い。
しかも、私たちのほかに歩いている人は誰もいない。
それらしい看板が途中でなくなっている。
本当にこれが正しい道なのか。
もしかして、私のイタリア語は全く通じていなかったのではないか。
様々な不安がよぎりながらもひたすら歩く。
そこに雨まで降り出す。
険悪なムードが漂い始めたその刹那、船着場らしき看板を発見する。
何とか船着場に到着したのだった。

ところが、チケット売り場は閉まっていた。
しかも、私たちの他には誰もいない。
本当にホテルまで行けるのか?!
周囲はかなり暗いし、不安だらけである。
そこに、ブラジル人のカップルが登場する。ああ、人がいるってありがたい。
私たちを運んでくれると思われる船も到着し、改めてホテルまで行くことを確認した。
船が出発するまでの1時間近くを、ブラジル人カップルと一緒に過ごす。
このカップル、1週間前は日本に滞在していたらしく、日本の話で盛り上がる。

ブラジル人2人と日本人2人の計4人を乗せた船は、定刻どおり0:10に空港を出発した。
ほぼ貸しきり状態。贅沢である。
だが、全員、長時間の移動に疲れていた。しかも夜なので景色なんて殆ど分からない。
出発してまもなく、私を除く3人が撃沈する。
何で寝るんだ、ヴェネツィアだよ、と、全員を起こしたい気持ちだったが、そこは大人だ。
一人で見えない景色を独占したのであった。
リドを過ぎると、見えないなりにも、ぼんやりとサンマルコの鐘楼が見えてくる。
ああ、ヴェネツィアだ。

深夜1時半、ようやくホテルに到着した。
「予約をしていた○○です。チェックインお願いします」とイタリア語で復習しつつ、
ドキドキしながらチェックイン。
が、こんな時間に到着するのは私たちだけだったらしく、到着するなり
「○○様、お待ちしてました」と英語で迎えられたのであった。
片言のイタリア語ともっと片言の英語で会話しながら、宿泊カードを埋めてチェックイン完了。
荷物をもってもらい、部屋に案内される。
夢のような部屋が待っていた。多分、これまでで泊まったホテルで一番豪華だ。
うっとりする間もなく、荷物をほりだし、バスルームに直行する。
何しろ、28時間以上の移動だ。疲れていたのだ。さっさと寝なくては。

シャワーの後に備え付けのバスローブを着込んだところで一枚の紙片を発見する。
Come avere questo accappatoio come ricordo ・・・
Se desirerate tenere questo accappatoio come souvenir
del Vostro soggiorno avvisate la portineria prima della
Vostra partenza , verranno addebitati  €75,00 sul Vostro
conto o se preferite lo potrete pagare in contanti.
と、イタリア語で書いてあった。
75ユーロの文字しか見えない。
もしや、お土産用として置いてあったバスローブを着ちゃったのか?
まさかと思うが、75ユーロは使用料?
そんなバカなと思いつつ、辞書を引く気力もなく、慌ててバスローブを脱ぐ。
もう遅いとは知りつつも、全力で元の形に復元しする。それらしく元に戻る。ホッ。
75ユーロの恐怖に怯えながら就寝。
こうして長い一日は終わったのだった。

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コメント
予告通り
無駄に長いです。
しかも、読みにくいです。
読む人のことはあまり、というか、殆ど考えられてません。
自分でもあんまりだな~と、思うのですが、この調子で後6日分続きます。
次の更新は多分月曜日。の、予定。
あくまで予定です。
【2007/05/17 20:05】 NAME[小人堂] WEBLINK[] EDIT[]


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