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小人堂の気まぐれな覚え書 (画像はクリックすると大きくなります)
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やっとフェラーラ行きの電車に乗った。
上の画像はヴェネツィア~フェラーラの電車の切符。
1枚で大人2人分である。
左端の小さな文字が、苦労して押してもらった刻印。




イタリアの国鉄Ferrovia dello Stato(略してfs)は度々起こるらしいショーペロ(ストライキ)を
除けば、都市間の移動には大変便利な乗り物である。
誤差30分くらいだという。意外と時間も正確らしい。
ヴェネツィアのサンタルチア駅はどんづまりにあるので、出発便はほぼ定刻どおりである。
ヴェネツィアからフェラーラーまでは、この国鉄を利用する。

まずは切符を買う。
駅で切符を買うには窓口と英語表示がありクレジットカードも使える券売機とがある。
窓口を見たら、左程人が並んでいなかったので、列の最後尾に並ぶ。
待っている間に、貧乏旅行者の友「地球の歩き方」の切符の買い方のページを読む。
5分と待たずに、順番が来る。

「こんにちは」
「こんにちは」
「フェラーラまで大人2枚お願いします」
イタリア語の授業のシュミレーションなら、ここで片道か往復かと聞かれるはずなんだけど、
窓口のお姉さんは既に機械に向かって発券作業をしている。
そして、切符を差し出し「12,20ユーロです」と言うではないか。
これが片道の切符なのか往復の切符なのか分からなかったが、言われるままに支払う。
で、終わり。次。ってな風情だ。
次の客に視線が行きかけたお姉さんに待ったをかける。
これで終わっちゃ電車に乗れないんだよ。
「すみません、何時発の電車ですか?ホームはどこですか?」と聞く。
お姉さん早口で答えてくれる。ごめん、姉ちゃん、聞き取れないよ・・・。
「もう1回言ってください」とお願いしたところ、
お姉さん、私が持っていた切符をとりあげ、裏面に出発時間とホームを書いてくれる。
「後、5分で出発だから急いで下さい」と親切にも3度繰り返して言ってくれる。
「分かりました。ありがとう」で、今度こそ終了。

窓口でやり取りしている間に出発時間まで3分を切っていたので、急いでホームに向かう。
ホームにいたその辺のおっちゃんを捕まえて「自動刻印機」の場所を聞く。
電車に乗る前に改札がないイタリアでは、自分で切符に刻印を押さねばならない。
これを押していないことが発覚すると法外な罰金を支払わされることになる。
外国人だからという理由では許してもらえないという噂だ。押さねばなるまい。
だが、自動刻印機を前にして途方にくれる。
使い方が分からない。なのに出発の時間は迫っている。
仕方がないので、先ほどのおっちゃんをもう一度捕まえて、使い方を聞く。
「おっちゃんは口で言うより実際やった方がはやい」と、説明しながら刻印を押してくれる。
ありがとう、おっちゃん。助かった。
お礼もそこそこに、電車の扉を自力で開け、自由席に飛び乗る。
椅子に座ったところで、電車がゆっくりと動き出した。

急いで電車に乗ったので、手には切符を握り締めたままだった。
カバンにしまう前に、切符を見る。
運賃の12,20ユーロは大人2人の片道の料金だった。
ヴァポレット1回分とほぼ同じである。何て安いんだ、国鉄。感動だ。
改めて、切符が買え、フェラーラに向かっている喜びを噛み締める。

電車はヴェネツィアを離れると、徐々に風景が変わっていく。
気分は「世界の車窓」から。
住宅だの田園地帯だの競馬場だのに、いちいち反応してしまう我ら。
流石、イタリア。小屋ですらお洒落臭いってどいういうことなの。
当初はフェラーラ行きに難色を示していた家人も、のどかな風景に嬉しそうだ。
駅を通過するたびに、今はどこだとガイドブックについていたお粗末な地図を見るのだが
小さな駅名なんぞ当然載っていなくて、地図を買おうと言い出す始末である。
何だかんだで楽しんでいるようで、あからさまにホッとしたのであった。

1分の遅れもなく、定刻通りフェラーラに到着した。fsなかなかやりおる。
お昼ごはんはどうしようかしら、という時間だ。
だが、朝ごはんを食べ過ぎたのと、殆ど動いていないのとで、ご飯を食べる気になれない。
お腹が減ったらご飯にすることにして、まずは最初の観光スポットを目指す。
日本でコピーしてきた観光ガイドの地図によると、目的地まではひたすらまっすぐの筈。
だが、お粗末な観光ガイドの地図なので、通りの名前など殆ど書いてなく、
今いる通りが該当の通りなのかが分からない。
そこで、信号待ちをしていた、学生さんと思われる美人をつかまえ道を聞く。
「この道を、ずっと、ずっと、ずっと直進してください。そうすれば右手に見えるわ」
ありがとう、美人さん。
それにしても、私、凄いじゃない。地図が読めてるよ!

エステ城
フェラーラで最初に見学したところ。
フェラーラの中心部に位置し、フェラーラを象徴する城である。
見所は、半世紀に渡りドン・ジュリオが投獄された地下牢や鏡の間のフレスコ画、
獅子の塔の上から一望できるフェラーラの町並みも素晴らしい。
後はレプリカやパネル展示があるのみ。
フェラーラを治めていたエステ家は16世紀の終わりにモデナに追放されているので
仕方がないとはいえ、ちょっと淋しい。
エステ家ファンならモデナに行けということらしい。

物販コーナーで目を皿のようにしてボルジアグッズを探すが、見つかったのは
ルクレツィア・ボルジア葉書だけ。旦那アルフォンソの物品もイマイチ。残念。
パネルの中にルクレツィア夫妻のコインを発見したので、売り子のお姉さん(学芸員?)に
この本物を見られるところ、もしくはレプリカを買えるところはないか尋ねてみた。
「複製(だと思うが)、スキファノイア宮殿に展示している」という回答を得る。
同時に、親切なお姉さんはフェラーラの観光地図もくれる。
この地図が小さな通りの名前一つ一つを記したもので、フェラーラを歩くのに役に立った。
ありがとうお姉さん。
地図を読んだのは私じゃなくて家人だけど・・・。

ところで、エステ城のチケット売り場の前には長蛇の列ができていて、田舎町の城なのに、
平日の昼間なのに、何故に大盛況なのか?もしや、何かイベント中?
と、一瞬期待したがそうではなかった。
社会見学の学生が、団体チケットが届くまでたまっていたのだった。
この学生の集団とは見学先のあちこちで一緒になり、無料でガイド(イタリア語)を
聞けてちょっとラッキーだった(せこい)。
お金を払っているわけじゃないので、興味のないところは無視してサヨナラ。
ああ、タダっていいな。

エステ城の近くで何か食べるつもりにしていたが、時間帯が悪いのか、店は閉まっていた。
仕方がないので、早めに夕食を食べることにして、ボルジアツアー続行することにした。
これだから、オタクは・・・。家人よ、ごめん。って、今頃謝っても遅いか。

コルプス・ドミニ修道院
エステ家の墓がある場所。勿論、ルクレツィアの墓もある。
事前にボルジアサイトで調べたところによると、入り口が分かり辛い。
しかも、扉を開けてもらうのに一苦労、と、あった。
どうやって開けてもらおうかしら。
不安な面持ちでイタリア語の辞書を引き引き歩いていたら、その扉から出てくる人がいた。
どうやら、見学を終えた観光客らしい。
自分たちが入るのに苦労したからなのか、私たちが中に用があるのだと分かると、
閉めずに待っていてくれるではないか。
慌てて扉に駆け寄り、家人が英語でお礼を言い、私がイタリア語で見学の断りを入れる。
見事な連係プレーだ。何て、自画自賛なんだ。

修道院の中に入ると、鉄格子の向こうで修道女が聞き取れないくらい小さな声で何か言い、
手招きしている。
とりあえず、修道女の方に向かって歩き、墓参りしたい旨を伝える。
扉の向こう側だという案内に従い、扉をあけ、続きの部屋に移動する。
その前に、ここでは喜捨が必要だったことを思い出す。
どのタイミングで喜捨すべきか分からなかったので、このタイミングで喜捨する。
日本人らしく、お金と感謝の言葉をポチ袋に入れていたのを渡したのだ。
(※本当は見学の最後にするものらしい・・・素人なのでゴメン)

年老いた修道女が一生懸命説明をしてくれる。
私があまりイタリア語を聞き取れないことが分かったのか、奥からリーフレットを持って
後でゆっくり読みなさいと言いながら渡してくれる。
一体いつの時代のものなのか?と思うくらい、古く黄ばんだリーフレットだったが
その親切が嬉しい。

修道女に「○○さんを知っているかと聞かれる」が、「知らない」と即座に返事をしてしまう。
後でよく考えれば、コンクラーベにも出席した日本の枢機卿の名前だった。
名前だけは知っていると答えるべきだったのだ。
思い出せなかったばっかりに、会話終了。
それではいけないと思ったのか、修道女はなおも墓の説明をしてくれたのであった。

最後にノートに名前を書く。(本当はここで喜捨するのが正しい)
喜捨したからなのか、子供がいないことを不憫に思われたのかは不明だが
金色のマリア様バッチを貰い、修道院を後にした。

スキファノイア宮殿
かつてのエステ家の別荘で、現在は市立美術館。
元、エステ家の別荘だけあって、一部残る内装はなかなかのもの。
が、損壊も激しい。それをそのまま展示するなんて、流石イタリア的仕事だ。
閉館時間が迫っていたので、駆け足で見学した。
目的はコインなのだ。
罰当たりだと思いつつ、古代ギリシアの彫刻やガラス製品は流し見する。
流し見しながらも、写本の美しさに心を奪われる。
手書きってステキなの。

3つの建物を見学したら、いい時間になっていた。
駅まで歩きつつ、どこかでご飯をということで、とりあえず駅方向を目指す。
町を歩いていたら、余程珍しいのか「あら、日本人よ」「日本人だわ」と言われる。
聞こえてるっちゅうねん、というくらい、堂々とささやいてくれるのだ。
フェラーラの町はセール終了後だったらしく、かなりの店が閉まっていて淋しい感じ。
めぼしい飲食店も発見できず、駅まで着いてしまう。
というのも、トイレに行きたくなって、確実にトイレのある駅に行ったから。
駅までくると、歩きたくなくなってしまう。
何しろフェラーラに到着して以来、歩き詰めなのだ。足が棒。
本当はルクレツィア・ボルジアの見事な金髪をイメージして作られたらしい
フェットチーネを食べるのを楽しみにしていたのだが、もう歩きたくない。
って訳で、軟弱な我々は駅でちょっとピザを食べたのであった。

ピザを食べ終わったら、電車の時間が迫っていた。
これを逃すと1時間ない。
急いで切符を買い、食後の運動とばかりに走ってホームに向かう。
ホームで自動刻印機を探すが、発見できず。
その辺の兄ちゃんを捕まえて聞いたら、地下の通路のところにあるという。
慌てて走って階段を降り、刻印を押してホームに上がったら、既に電車は到着していた。
ギリギリセーフ。
帰りの電車は行きとは違い、ほぼ満員。
何とか座席を見つけて座った後は爆睡し、気がつけばヴェネツィアだった。

ヴェネツィアのサンタルチア駅のトイレは、有料である。
代金を支払わねば中には入れない。
腹の具合の思わしくない家人の要望で、有料トイレ初体験。
有料だけあって、とってもキレイ。
フェラーラの駅のトイレとは大違いだ。

用を足したら、ホテルまで歩いてかえるだけ。
そう、歩くのだ。だって、ヴァポレットは高いんだもん(せこすぎ)。
ホテルで貰った地図を手には持っているが、ヴェネツィアで地図は意味をなさない。
というわけで、勘と標識を頼りに、サンマルコ広場(ホテルの近く)を目指す。
運が良ければ30分~1時間で着くらしい。
が、我々には運はなかった。
見事に迷子になった。しかも、何度も同じ場所を通った。
約半分の道のりと思われるリアルト橋にたどり着いたときに、既に1時間が経過していた。
リアルト橋からヴァポレットに乗ろうかと思ったのだが、駅から乗ったとしても同じ値段
というのがひっかかって、意地になって歩き続ける。
サンマルコ広場にたどり着いたのは、駅を出てから2時間近くが過ぎていた頃だった。

歩きすぎのためか、フェラーラで食べたピザは消えかかっていた。
だが、フルコース食べる気にはなれなかった。
というわけで、アメリカンバーで軽食を買い、ホテルに戻る。
明日こそはまともな物が食べたいねといいつつ、就寝。
だって、明日は朝一番で予約いれちゃったんだもん。お金払っちゃったんだもん。
さっさと寝なきゃ。
こうして、2日目が終わったのだった。



<後日談>
フェラーラのコルプス・ドミニ修道院のすぐ近くにロメイの家という建物がある。
事前にコピーしていたガイドを見て、特にひかれるところなしと素通りしてしまったのだが、
これが大きな間違いだった。
ルクレツィアが晩年篭って祈っていた部屋があったのだ。
帰国した後に取り寄せた某フェラーラガイド本を読んで眩暈がした。
そのガイド本によると、ベロンチの『ルクレツィア・ボルジア』にもちゃんと書いているらしい。
目の前を通ったのに、何たることだ・・・。
しかも、ベロンチの本は持っているし、以前読んでいたのに。
自分の詰めの甘さを呪わずにはいられない。

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